ロードバイクをもっと楽しく!知って損なし安全走行マナー

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東裏 篤史
「くまさん」こと東裏篤史(ひがしうらあつし)京都胡麻(ごま)に移住して、新しい田舎暮らしを提唱するGOMA(ゴーマ)を立ち上げました。ゲストハウス経営とサイクリングツアーをはじめとしたアウトドアアクティビティ、ウェブデザイン、デジタルマーケティング、ドローンフォトグラファーなど多業を行なっています。サイクリングやテクノロジー、DIY、田舎暮らしの情報などを中心に誰にでもわかりやすく解説しています。 くまさん(東裏篤史)の詳しいプロフィールはこちら
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自転車で安全に走るということ

こんにちわ!東裏篤史です!

京都胡麻へ移住してサイクリングツアーショップとゲストハウス、web制作をしています。

季節は秋に入りましたね。自転車で走るのがとても気持ちのよい季節になってきました。私の住んでいる京都胡麻をはじめ、美山など人気のコースに行けば自転車で走っている人を本当によく見かけます。

そこで今回は自転車でいかに安全に走るか?をテーマに、よくある一般的な交通ルールとは違った視点でお話させていただきたいと思います。

 

自転車は弱者?

世間では一般的に自転車は「弱者」として扱われています。

その視点から、いわゆる道路交通法を通した視点で様々な意見が交換されているのをみなさん見たことがあるのではないでしょうか?

自転車も道交法への理解と遵守を

以前Webメディアで自転車の走行マナーについて書いたら、転載されたWebニュースのコメント欄が激しく盛り上がってしまった。書いた内容は「クルマでの左折時に交差点手前で左寄せしたら、追いついてきた自転車が道交法だということを知らず幅寄せだとカン違いして怒る」というもの。実際、こういったケースは少なくない。

興味深いのが寄せられたコメントの内容。自動車関連問題を取り上げた時のWebニュースのコメントは、基本的にクルマ叩きに終始する傾向にある。クルマ離れ世代がコメント書く人に多いのだろう。しかし今回はまったく違っていた! 95%が自転車のマナー違反を厳しく咎める内容だったのだ。どうやら多くの人が同じような体験をしている様子。まぁ自転車の無謀な運転マナーについちゃ改めて紹介するまでもなかろう。そもそも警察がまったくヤル気なし。なぜ脱法行為を無視するのか。

上記は「自動車評論家 国沢光宏」さんのブログ「自転車の無謀運転その2(8日)」から引用させていただきました。

僕の視点では、自転車に乗っている人と、車に乗っている人、そして両方に乗っている人、当然意見が食い違うのは当たり前です。

道路交通法を理解して、それを遵守するような記事はもうネット上にたくさん溢れていますが、自転車を趣味として楽しんでいる人へ「好きな自転車で命を落とさないため」の記事は少ないと思いました。

公道というジャングルで自転車が生き残るために

のっけから物騒なタイトルですが、読んで字のとおりです。

論点として、「クルマ VS 自転車」という話が始まると、当然どっちが正しいか?という話に終止してしまいます。

正しい、正しくないではありません。自転車は車と比べて確実に弱者なのです。

ここで言う「弱者」とは、道路交通法の弱者ではなく、物理的な意味を指します。

チームで淡路島1周したときの様子。海沿いの細い道で車と接近しながら走ることになります。

チームで淡路島1周したときの様子。海沿いの細い道で車と接近しながら走ることになります。

考えてみてください。自転車とクルマがぶつかったらどうなるか?

自転車に非があろうとなかろうと、ぶつかって傷つくのは自転車です。

それを道路交通法の視点のみを通して考えたところで、大怪我、もしくは死に至る可能性があるのは物理的な弱者である方のみです。

当然、自転車と生身の人間であれば人間が弱者となります。

健康のため、趣味の楽しみのために命を落とさないために、公道という無法のジャングルで生き残るサバイバル術を列挙していきたいと思います。

自転車で生き残るために

健康のために自転車を始めたという人も多いと思います。かくいう僕もその1人です。

しかし、いつも思うのが、自転車に乗って健康になって伸びる平均寿命と、自転車に乗ったがために事故にあって命を落とす人により下がる平均寿命、もしかしたらトントン、またはそれ以下で寿命を下げているんじゃないか?ということです。

それほど、自転車で怪我をした、亡くなったという話を耳にします。(それがとてもショッキングなニュースなので特に耳に残っている、ということだと思いますが・・・)

道路交通法は守って当然(信号無視をしない、などという低次元な話はここでは持ち出しません。)ですが、いかにして安全に一般公道を走るか?という視点で解説していきたいと思います。

公道を走るということ

こうどう
公道
  1. 1.
    だれが通ってもよい道。

     「天下の―」

  2. 2.
    おおやけの機関がつくり、維持する道路。

-ウィキペディアより

はい、誰が通ってもよい道、なんですよね。

安全に走ることに気をかけて、運転技術のある自動車ドライバーも、保険にも入らず信号も無視する無法者ドライバーも公道を走っています。

子供を自転車に載せたお母さんも、犬を連れて散歩するおじさんも、誰もが歩き、走ることが許されています。

もしかしたら、認知症でここがどこかわからない老人が車を運転している可能性もあります。

それほど、多種多様な人や車や自転車が往来しているのが公道なのです。それそのものがそれほど危険な行為なのです。

視点によって変わる心

車しか運転しない人だと、車を通しての視点しか持ち合わせていません。

そんな人が、例えば天気の良い休日、見晴らしの良いワインディングロードを車で運転中に、大きなエキゾースト(排気音)を響かせて、1000ccオートバイのスーパースポーツが後ろにやってきたらどう思うでしょう?

「何だうるせーな・・・」

たぶん、それぐらいのことしか思わず、そのまま走り続けるでしょう。

なら、オートバイの人はなぜ走っているのでしょうか?

天気の良い休日のワインディングロード。1000ccのスーパースポーツで久々のツーリング。気持ちよくないわけがありません。

コーナーの攻略法を思い描きながらラインを選ぶ。趣味の楽しみとしてオートバイに乗っているのです。

僕なら、見通しの良い直線まで着たらハザードを出して速度を落とし、窓を開けて手で「お先にどうぞ」とサインを出します。

そうすると、ほぼ100%の確立で後のオートバイは「ありがとう」のハンドサインを出して気持ちよく加速して追い抜いていきます。

優しい視線を持つということ

僕は自転車に乗りサイクリングツアーのガイドやサイクリングコースの造成を仕事として行っています。

当然、自転車に乗っているという視点から物事を見ることができますが、それと同時に車の運転も大好きで、サポートカーに自転車を満載にして日本中をまわっています。

そして、16歳でオートバイの免許を取得してからは23歳でドカティ996を愛車にして公道走行を楽しむライダーとしての視点も持っています。

つまり、それらの乗り物に乗る人の立場になって考えることができます。

そうすると、優しい視点で相手を見ることが出来るのです。

優しい視線で相手を見れば、事故はほとんど未然に防ぐ事ができます。

オートバイの立場で車を運転していれば、気持ちよく走りたい!という心理を理解できます。

歩行者の立場で車を運転すれば、見通しの悪い一時停止はもちろん停止します。

ということは、車を運転している人の立場で自転車に乗れば、事故を未然に防ぐ事ができるのです。

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