退社と新たな挑戦

ホームページ作成の仕事が面白くなってきた頃、会社内では過酷な労働条件(いわゆるブラックな労働時間)やリストラが原因で、辞めていく人が多く出始めました。

同僚がどんどん辞めていき、僕が入社してから一番お世話になっていた先輩も理不尽なことで仕事を辞めることになり、ある時の社内ミーティングで僕は堪忍袋の緒が切れて上司に反発して、結局それが引き金になり会社を去ることになりました。

その後、少しばかりの退職金と親に借金した元手で自分への投資と思いweb制作の専門学校へ入学しました。学校の勉強は面白く、そこで学んだことが自分の今のスキルを支えています。

人生最大の挫折

専門学校で猛勉強し、同期の中でも一番頑張っていたかもしれません。それが元になり講師の先生から「web会社を一緒に興さないか?僕が社長で君を副社長として迎えたい」と持ちかけられました。

自分としてもその先生を尊敬していましたし、起業すると言うことに興味も湧いたのでその話に同意して準備を始めることになりました。

ですが、実際に準備を進めていくと集客の方法、事務所の選定、なにより資金の準備で行き詰まり、頓挫してしまうことになります。

原因は双方に合ったと思いますが、ふたりとも商品を作成する職人ではありましたが経営についての知識に欠けていた、ということに尽きると思います。

その時、「もし自分に欠けているところを補っているパートナーがいれば、再び起業したい」という思いが心の中に残ったのです。

自転車との出会い

起業を断念した僕は京都府のweb制作会社に再就職することができ、その中で京都市にあるレンタサイクルとサイクリングツアーの会社のホームページを担当することになりました。

当時、車通勤のため家と会社の往復で全く運動していなかった僕は、体重が110kg近くある完全な肥満でした。

数年前までは町道場で柔道を続けていましたが、大学生との乱取り中に膝を痛めてからは全く運動することもなくなり、さらに食べる量は前と変わらず・・・

そんな時サイクリングツアーのページを作ることになり、自分で調べてどうやらダイエットには自転車が良いという事がわかりました。

そして休日に、今でもずっとお世話になっている地元亀岡の「CycleSportsKANEDA 金田輪業」さんに自転車を見させてもらいに行ったのです。

高校生の時、通学用自転車を買って以来なので十数年ぶりでしたが、店長の金田さんは僕のことを覚えていました。

自転車がダイエットに良いこと、エコな乗り物であること、膝に負担が少ないということなど丁寧に教えてもらい、そこではじめてクロスバイクに試乗しましたが、軽い車体で風のように走るその時の驚きは今も覚えています。

そこからすっかり自転車にハマり程なくしてロードバイクを購入し、弟や弟の同級生の藤村ちゃん、そして今GOMA(ゴーマ)でカメラマンとして活躍している青木ちゃんとサイクリングチーム「ProjectK@2(プロジェクトケーツー)」を結成して、鈴鹿サーキットの耐久レースや福井県丸岡のTTレースなどの競技や、信州や淡路島、琵琶湖一周などの遠征にも出かけるようになり、自転車が趣味を超えて世代や性別を超えて僕の交友関係も広げてくれることになりました。

左から僕(東裏篤史)、青木ちゃん、藤村ちゃん、弟(東裏友寛)
サイクリングチーム初期メンバー。左から僕(東裏篤史)、青木ちゃん、藤村ちゃん、弟(東裏友寛)
GOMA夫婦と青木ちゃん。フォトグラファー、サイクリングツアーガイドとして活躍中です!
GOMA夫婦と青木ちゃん。フォトグラファー、サイクリングツアーガイドとして活躍中です!

また、ロードバイクでサイクリングする中でTwitterで知り合った、今GOMA(ゴーマ)でアドバイザーをしていただいている、当時は本名も知らなかったDEKIさんこと西田さんとも出会いました。

デザイナー DEKIさんこと西田さん
デザイナー DEKIさんこと西田さん

さらに、西田さんから京都胡麻にあるドイツパンの店「ゾンネ・ウント・グリュック」さんを教えてもらい、足繁く通うようになりました。

ゾンネさんは僕が今までであった中でも間違いなく一番美味しいパン屋さんで、サイクリストに向けてTwitterで発信し続けたのが元になったのかどうかはわかりませんが、今ではサイクリストが本当に多く集まるパン屋さんになり、オーナーのご家族には感謝していただいています。

今は胡麻に夫婦で移住して起業した僕ですが、妻もゾンネさんがなかったら移住は決めていなかった、というほど僕らの人生に影響のある場所となりました。

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