東裏篤史(ひがしうらあつし)プロフィール

GOMA(ゴーマ)代表者 通称クマさん
サイクリングツアーショップ経営/ゲストハウス経営/ツアーガイド/webデザイナー/DTPデザイナー

かなり長くなりますが、東裏篤史(ひがしうらあつし)がどんな人生を送ってきたか見てやろう、という人はこの記事をご覧ください。

GOMA(ゴーマ)を始めるまでの道のり

京都市の西に位置する亀岡市で東裏家の長男として生まれ、漫画、ファミコン、ミニ四駆、ガンプラ、ラジコンなど、おおよそ男の子が好きになる遊びをコンプリートしてきた僕は「楽しいこと」を仕事にしたいと漠然な夢を持つ子供でした。

スポーツは空手と柔道を始め、田んぼや山で毎日遊ぶ野生児でもあり、食べることが大好きで人より大きな体を気づいたら手に入れておりました。(それが元で「クマさん」と呼ばれています)

遊ぶことが第一で、中でも自分でも空想でストーリーを考えて漫画を描き、それをもとにしてTRPGやRPGツクールで作品を作ることにハマっていき、将来はゲームデザイナーを目指しコンピュータ専門学校HALへ進学しました。

余談ですが妹は僕に少なからず影響されて、今はプロの漫画家として活躍しています。

東裏友希(Amazon)

これまた余談ですが、母親はあのスーパーマリオの生みの親である宮本茂さんの高校の同級生です。

就職氷河期からの転機

専門学校でゲーム会社への就職活動を行いましたが、結局すべてダメだったという挫折を味わいました。

その後、地元のパソコン販売会社にバイトで入り、そこでAdobeのフォトショップをイラストレーターを使いチラシを作る仕事を任されます。

そこで広報の楽しさに目覚め、自分でポートフォリオを作成し再び就職活動を開始、めでたく大阪の印刷会社に採用されました。

転職後に技術革新の流れを味わう

入った印刷会社では主にAdobeのソフトであるフォトショップ5、イラストレーター8、キャノンのエディカラーを使い、DTPを担当しました。

DTP(Desktop publishing、デスクトップパブリッシング)とは、日本語で卓上出版を意味し、書籍、新聞などの編集に際して行う割り付けなどの作業をパーソナルコンピュータ上で行い、プリンターで出力を行うこと。

新しもの好き物事を覚えるのが結構早い方でしたので、Windows、MACの両方をまんべんなく使いこなし、新しいソフトの導入などにもすぐ対応できたので会社では重宝がられていました。

会社は家族経営の小さな規模のものでしたが、億単位の投資をして印刷機を導入するなど設備投資は積極的に行われていました。しかし、その影響で「消えていく仕事」を目の当たりにします。

消えていく仕事

僕が印刷業界に入った直後はまだ「活版印刷」をメインにしていた印刷会社が近所には残っていましたが、パソコンの現場への導入で全てが一気に変わっていきました。

まず、「オアシス」という日本語ワープロ専門のオペレーターがリストラされました。そして出力した版を面付けする職人さん、フィルム出しする職人さん、色合わせする職人さん、銀塩フィルムの一色刷の職人さんという風に、パソコンが業界から多くの職を奪ってきました。

担当していた仕事でも、農協や市の広報を印刷物だけでなくインターネットのホームページにも掲載できないかと言う相談を受け、自分がその担当になりました。

ですが、もともと趣味でもパソコンを触っていたので自分としては願ったり叶ったり。HTMLの参考書を購入して初めて仕事でwebサイトを作り始めます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です